東京地方裁判所 昭和61年(ワ)14902号 判決 1989年2月17日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告田中瀧蔵は、原告に対し、別紙物件目録二の(ロ)記載の土地上の工作物一切及び別紙図面(イ)、(チ)、(ト)の各点を直線で結んだ線上のコンクリートブロック塀(上部フェンス)を収去して、同土地を明渡せ。
2 被告増子ひろ子は、原告に対し、別紙物件目録三の(ロ)記載の土地及び同目録三の(ハ)記載の土地上の工作物一切及び別紙図面(レ)、(リ)、(ヌ)の各点を直線で結んだ線上並びに同図面(ル)、(オ)の各点を直線で結んだ線上の各コンクリートブロック塀(上部フェンス)を収去し、右各土地を明渡せ。
3 被告川村勉は、原告に対し、別紙物件目録四の(ロ)記載の土地上の別紙図面(ヌ)、(ル)の各点を直線で結んだ線上のコンクリートブロック塀(上部フェンス)を収去し、同土地を明渡せ。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 別紙物件目録一記載の各土地は原告の、同目録二記載の各土地は被告田中の、同目録三記載の各土地は被告増子の、同目録四記載の各土地は被告川村のそれぞれ所有するものである。
なお、別紙図面の六三九番一二と同番二一の各土地は、訴外三澤坂一の所有である。
2 各土地のうち、別紙物件目録一の(ハ)ないし(ホ)記載の各土地、同二の(ロ)記載の土地(以下「本件(一)土地」という。)、同三の(ロ)及び(ハ)記載の各土地(以下「本件(二)土地」及び「本件(三)土地」という。)、同四の(ロ)及び(ハ)記載の各土地(以下(ロ)記載の土地を「本件(四)土地」という。)については、六三九番二一の土地と一体となって、昭和四八年四月二五日、東京都知事より建築基準法四二条一項五号に基づく道路位置指定処分(幅員四メートル、長さ一一・二五メートル)を受け、同年五月一日にその旨告示されている。
3 道路位置指定によって、行政上道路となった土地については、公法上の反射的利益として、関係者はその土地につき自動車の通行を含む通行権ないし通行の自由権を有し、これが妨害されたときは、その排除を求めることができる。
4 ところで、被告らは、別紙図面のとおり、本件(一)ないし(四)土地上に請求の趣旨記載のコンクリートブロック塀(上部フェンス)及び工作物(建物の一部、花壇、水槽等)を設置して、所有している。
5 そこで原告は、前記の通行権又は自由権に基づき、被告らに対し、その各所有するコンクリートブロック塀及び工作物を収去して、本件(一)ないし(四)土地を明渡すよう求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1は認める。
2 同2は知らない。
3 同3は争う。
4 同4のうち、被告らが原告主張のコンクリートブロック塀及び工作物を所有していることは認めるが、その余は否認する。
ただし、被告川村のブロック塀の一部は被告増子の所有地上に存在している。
5 同5は争う。
三 抗弁
1 別紙物件目録記載の各土地は、もと一筆の土地で、これを訴外株式会社坂入産業(以下「訴外会社」という。)が所有していたが、訴外会社は、これを昭和四八年七月六日分筆し、別紙物件目録一記載の各土地を、同(イ)記載の土地上に存在する建物(木造瓦葺二階建共同住宅、家屋番号六三九番四の二)と共に、同年八月三一日堤正喜に(その後昭和六一年五月二三日原告が競落して右土地建物の所有権を取得した。)、別紙物件目録二記載の各土地を、同(イ)記載の土地及び本件(一)土地上に新築した建物(木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅、家屋番号六三九番八)と共に、昭和四八年七月二〇日被告田中に、別紙物件目録三記載の各土地を、同(イ)記載の土地及び本件(二)土地上に新築した建物(構造種類は同じ、家屋番号六三九番一五)と共に、同年八月一二日増子達雄に(その後昭和五四年一〇月三日被告増子が相続によりその各所有権を取得。)、更に別紙物件目録四記載の各土地を、同(イ)記載の土地に新築した建物(構造種類は同じ、家屋番号六三九番一三)と共に、昭和四八年九月一二日清水兼二に(その後昭和五四年八月二一日プラチナ万年筆株式会社に売却され、次いで被告川村がこれを買い受けた。)それぞれ売却した。
2 被告らのブロック塀等も建物新築と併せて築造され、現在に及ぶものであり、被告らにおいて、土地取得後に、築造したものではない。
3 原告の前所有者堤は、前記の土地建物を購入後、現況の道路を右土地建物の利用のため何ら異議なく容認し、通行しており、車両の利用については、その後間なく所有地に隣接する土地(六三九番一)を駐車場として賃借していた。したがって、同人は、前記土地建物を購入した昭和四八年八月三一日ころ、本件(一)ないし(四)土地についての行政上の規則に基づく通行権を放棄していた。
そして、原告は、原告所有地の利用道路が現況の道路によるものであることを昭和六一年五月一〇日に自ら調査して、これを競売により取得したのであるから、前所有者と同様本件(一)ないし(四)土地の行政上の規制に基づく通行権を放棄していたものといえる。
4 また、原告所有地は、そこから公道に達するまでの距離が僅か六メートル弱に過ぎず、現況道路の通行可能な幅員が二メートルであっても、日常生活上あるいは防災上全く支障を来たすものではなく、安全のうえからも危険なものではなく、他方、被告らは、前記の各土地建物を購入する際、土地の一部が道路位置指定の対象になっていることについて全く認識していなかったばかりでなく、これらの土地を一〇年余りに亘り、平穏かつ公然に使用し続けており、しかも被告らの建物の所有、使用に不可欠のものとなっている。
5 以上の諸事実に鑑みれば、被告らの所有するブロック塀等は、原告の通行権又は通行の自由権をそもそも侵害していないか、仮に侵害しているとしても、原告の本訴請求は権利の濫用であって許されない。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1は認める。
2 同2は知らない。
3 同3のうち、原告が現状を調査して原告所有地と建物を競落したことは認めるが、前所有者堤に関することは知らないし、その余は否認する。
4 同4のうち、現況道路の通行可能な幅員が二メートルであることは認め、その余は否認する。
5 同5は争う。
第三 証拠<省略>
理由
一 請求の原因1の事実は、当事者間に争いがない。
そして、<証拠>によれば、訴外会社の申請に基づき、東京都知事は、昭和四八年四月二五日、本件(一)ないし(四)の各土地を含む別紙図面(イ)、(ハ)、(ホ)、(ヨ)、(タ)、(イ)の各点を順次直線で結んだ範囲の土地につき、建築基準法四二条一項五号に基づく道路位置指定処分をし、これを同年五月一日に告示したことが認められる。
二 次に、抗弁1の事実も当事者間に争いがない。
右争いのない事実に、<証拠>を総合すると、
別紙図面のとおり、被告田中及び同増子所有の各建物の一部と被告ら所有のコンクリートブロック塀(ただし、その基礎の高さ約三〇センチメートル前後がコンクリートブロックで、その上部の高さ三〇ないし五〇センチメートル前後の部分は鉄網を張ったフェンス)等の工作物が指定道路部分の本件(一)ないし(四)土地上に存在していること、
しかし、被告田中や同増子の前所有者増子達雄及び同川村の前前所有者である清水兼二らは、いずれも昭和四八年の七月から九月にかけて、訴外会社が新築した建物と共にその各所有の土地を買い受けたものであるが、その際には既に前記塀も築造されており、現在の原告所有地に至る道路も現況の二メートル幅であったこと(現況道路の幅員が二メートルであることは当事者間に争いがない。)
そして、そのころ原告の前所有者堤正喜も別紙物件目録一記載の各土地と同(イ)記載の土地上の建物を購入し(なお、同(ロ)記載の土地、すなわち別紙図面の六三九番一〇と表示されている部分は当時も現在も空き地である。)、以後同所に居住していたが、何ら異議なく現況の道路を通行の用に使用してきたところ、昭和五八年ころ、被告らに対し、事前の交渉もなく足立簡易裁判所に前記塀等の明渡しを求める調停を申し立てたこと、
しかし、被告らは、右申立てがあるまで、すくなくとも本件(一)ないし(四)土地につき道路位置の指定があることを知らなかったこと。
他方、原告は、右土地建物を競落する前に、道路状況を見聞し、区役所で本件の道路位置指定のあることを調べる等して、これを競落して所有権を取得したこと
以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。
三 ところで、建築基準法上の道路とされる私道について、第三者は、同法の公益的要請に基づき私道所有者が規制を受ける公法上の義務の反射的利益として、当該私道に対する通行の日常生活に必要不可欠な範囲において、ここを通行する自由権を有し、もしこれが妨害されたときは、その排除を請求することができると解せられる。
しかしながら、それは、妨害される以前にそもそも通行の自由又は利益を享受していたことが前提となるというべきである。そうでなければ、その自由権そのものがなかったといわざるをえないからである。
したがって、本件のように、原告が前記の土地建物所有権を取得した当時、既に指定道路のうち本件(一)ないし(四)土地につき事実上建物の一部や塀が設置されていて、道路の現況が幅員二メートルのものとして使用されており、しかも原告の前所有者自身も約一〇年に亘ってこれを黙認してきた以上、今更本件(一)ないし(四)土地部分につき公法上の反射的利益としての通行の自由権を主張することはできないと解される。
四 そうだとすると、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大澤 巖)